2012年01月25日

【藤田田 名言】違う世界の人と話す

この藤田田名言ブログではマクドナルド創業者藤田田さんの名言を紹介しております。

停滞する日本経済に少しでも貢献し、自分のビジネスセンスの向上を目的に運営しております。

【藤田田さんの本日の名言】


■ 隣の人と話をするのは、どこまで自分が未知の世界に飛び込めるかのトレーニングの場でもある



(自分のコメント)

電車や病院の待合室で、隣の人あまり話さないのが日本人。

その習慣を変え、隣の人と積極的にコミュニケーションをとることで、見えてくる世界もあるかもしれません。


posted by 藤田田 at 13:45| Comment(1) | 違う世界の人と話す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 題:自分の利=自利の欲しさに・・・
.(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 イエスに「汝の敵を愛せよ」という言葉がある。
 この句が出て来る(「マタイによる福音書」5・43〜44)に
は「隣人を愛せよ」という言葉がある。
 しかし、当時、「隣人」と言っても極めて限定した意味の
「隣人」であり、「隣人愛」であった。
 隣人とした、その極めて限定された「隣人」は、
 「ユダヤ教共同体に属した人」を指し、
 そしてさらに、「同じ信仰を共有している人」の事を指して
いた。
 キリスト教は、得意のプロパガンダ(嘘宣伝)で、広い愛の
如くに言って来た。まったく、嘘つき宗教である。
 キリスト教は、所詮、自分たちがよければ良いに帰結してい
く。
 それは、宗教の成立過程にあった、
 砂漠の恵みの少ない地は、飢餓の世界だった。
 奪い取りの世界であった。
 そこに生まれた宗教は、自然と民族の存続を祈り、
 飢餓の時は、隣国の富を奪いに行った。
 古代の、その様な薄氷の上での生活の中に、生まれた宗教だ
った。 
 今・現代では、世界の連携が進んだ世界には、その様な考え
・教義は受け入れられないが・・・。
 キリスト教にはその様な『背景』があった。
 その様な背景から、他人を平気で殺戮することが、キリスト
教には、実に多い。それも、弱い者いじめ。
 自分達だけの愛であるのに、その愛を広く言う嘘、厳然と
「異教徒は殺せ」の敵対の教義を、今でも持つキリスト教であ
るのに。
 イエスの言葉の「汝の敵を愛せよ」の後の言葉の「自分の迫
害する者のために祈れ」は、イエスの言葉ではない。
 キリスト教は、キリスト教だけが、特に、愛の宗教の様にプ
ロパガンダ(嘘宣伝)するが、仏教も「慈悲}や「愛」を説い
ている。
 キリスト教は、さらに、旧約聖書には、新約聖書のマタイに
よる福音書にも記されている様に、「敵を憎めと命じられてい
る」と記されている。
 「敵は憎め」がキリスト教の心底に流れている。
 キリスト教は、実際、その歴史には、愛と言うより「異端狩
り」「異教徒狩り」「ユダヤ教徒狩り」「魔女狩り」「異端裁
判」「宗教裁判」「宗教戦争」「植民地の残虐な殺戮」などな
ど、切がないほどの非人道的行為が、あまたある。
 愛の宗教と程遠い実態が、歴史に歴然と刻まれている。
 何とプロパガンダ(嘘宣伝)しようが、過去の歴史は変えら
れない。南米・中米・北米メキシコ・そして、それらの離島で
1000万人の方々が、キリスト教徒と同行した聖職者たちに殺
された。その方々の『無念な死』は、歴史に歴然と刻まれ、キ
リスト教を睨んでいる。この例ばかりではない。
 このキリスト教のプロパガンダ(嘘宣伝)の「隣人愛」の「
同胞・兄弟」への愛を説けば説くほど、同じ信仰の同胞・兄弟
の他の人・異教徒に対する差別・猜疑・不信・軽蔑を誘発した。
 最後には憎悪へと至った。
 キリスト教という自分たちの宗教を絶対化すればするほど、
「キリスト教唯一絶対主義」と伴に、キリスト教の卑劣な歴史
が現出した。
 「そうすればあなたがたは、天におられるあなたがたの父の
子となるでしょう」と自分だけの利益を説くというキリスト教
の教義。
 その報償を欲しいと願うばかりに、自分の利益=自利の欲し
さに、キリスト教徒による悲惨な戦争や殺戮・殺し合いが、あ
また現出した。
(詳しくは、以下のブログに)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp
Posted by 御一読を at 2013年06月24日 15:09
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